おんなのぼくしさん

エッセイ #4

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TEXT 今貂子

 

エルサレムから仙台へ

踊りは、その場で生まれて、その場で消える、幻のようなものである。
 
「消えもの」であるから、踊るとき、からだは真摯に語ろうとする。
からだ《で》語るというと少し別で、言語をからだに翻訳している状態に留まっているかんじがする。踊りの身体コミュニケーションは、言語のコミュニケーションより、原初的で深く、現代にだいじなものだと思うので、からだ《が》語りだすということを、追い求めていきたいと思っている。
 
 
仙台の商店街アーケード、サンモール一番町で、「おんなのぼくしさん」の番外編を踊った。「踊らないダンスワークショップ2 ~踊らずに踊ったような気になってダンスと関係を持ってみる~」( 20232月開催)でのことである。
飯名さんが、ワークショップの全体監修と写真講座の講師をつとめる。 1961年に写真家ウィリアム・クラインが土方巽、大野一雄・慶人を被写体に撮影した写真集「東京」の撮影についてのレクチャーのあと、受講生と街に繰り出し、練り歩きながら踊る私とフォトセッションをする。テーマは「都市と舞踏」。
 
仙台・サンモール一番町での写真ワークショップの一部始終。およそ45分間、アーケード商店街を踊り歩き、参加者とのフォトセッションを行った。 撮影:飯名尚人
 
私は、パゾリーニの映画「奇跡の丘」のエルサレムと仙台を重ねて、その中で踊ってみたいと思った。 2023年、約 2000年後のエルサレム =仙台への再入城。「奇跡の丘」でのイエスの姿は、西洋絵画に描かれる痩せて骨や筋肉が際立ったイエスと違って中性的である。イエスは、マグダラのマリアの身体の中に入り、合体し、マグダラのマリアの姿になっている。マグダラのマリアは、娼婦であったとされるが事実とは違うようである。イエスのすぐれた弟子であり、人間の自然な状態には性差など存在しないという洞察をはっきりと打ち出したが、女性であるため、その言葉は長い間封印されてしまう。
 
アーケードに降り立ち、踊りが始まる。日常と非日常が交差する。目や耳は、様々な情報をとり入れながら、私のからだの内は踊りを生み出す工場になっている。今までの踊りの体験が薄い布に描かれた光景として、層のように重なりぱらぱらと舞うように動き、その中の一枚が重なりから離れて、ゆっくり見えたりする。それが、今、起こっていることと重なっていく。
 
アーケードのドラッグストアのマークが目に入る、つい少し前まで見ていた本の、かくれキリシタンの人たちが、和紙を切って作る十字のかたちのお守り「オマブリ」に似ているのに驚き、なんだかうれしくなる。
 
細い路地に入り込んでいくと、若いころ白虎社のツアーでエルサレムに行き、撮影のために、イエスが十字架を背負ってゴルゴダの丘に向かったとされる「悲しみの道」で、イエスと弟子たちを踊った時の感覚を思い出す。映像を見ると、トタン板の壁に身を寄せているが、嘆きの壁での体験と同じことをしている。
 
横丁から走り出ると、視界が開けた。サンモール一番町出口近くの広い箇所が、磔刑のおこなわれたゴルゴダの丘の上に違いない。あとから映像で見ると背景の大通りが雨に煙っていて、なんと美しかったことか。十字架にあがり、そのあと、マグダラのマリアは、かくれキリシタンの人たちが信奉した、子を抱くマリア観音 (悲母観音 )に変化した。踊るうちに、胎児になり、からだは復活・再生する。からだが自然にそのように踊ったのだ。
 
横断歩道から天に駆け上がる今貂子 撮影:飯名尚人
 
マリアの衣裳は、私がこれまで舞踏公演やショーのステージで使ってきたものの中から、飯名さんが選んで、組み合わせた。できるだけ大きくしたいといって、拵えた。いちばん上に纏った白い羽根のマントは、 50年以上前、大劇場のショーのステージで、トップの踊り子が煌びやかなスポットライトの中で踊るときに身につけていた羽衣、天衣の衣装そのものである。その羽のマントを纏うと踊りながら天に駆け上がれそうだった。幾重にも重ねられた、場所・物語・人の中で、からだは語りだしていた。
(2023年3月)
 
「踊らないダンスワークショップ2 踊らずに踊ったような気になってダンスと関係を持ってみる」
ワークショップ監修:飯名尚人
主催:仙台市青年文化センター(公益財団法人仙台市市民文化事業団)仙台市
共催:からだとメディア研究室(千葉里佳 伊藤み弥)