森を巡る映画祭
編集・監督
井澤里映
撮影地
東京造形大学
様々な場所の断片
さらさら ゆらゆら
ざわざわ ひそひそ
鼓動を聴く
森の木陰は
手のように
そう
優しい力で
包んでくれた
孤独とともに
語ってくれる
森へ入ると木陰が響き合っていた。
街へ入ると行き交う人々に紛れこむ。
めぐる めぐる
過去のあの日を
一人で森へ入ると鳥や工事の音、子どもたちの声など様々な音に気づく。扉を開くようなギシギシと木が軋む音がし、道はどこまでも続くように感じ、一人では心許なく不安な気持ちもあった。
ある日、人と森へ入った時、その人の背中にさらさらと木陰が落ちていくのを見つけた。それ以来、一人だけの森でも不安はよぎらず、あの時のように手のような優しさを持っている木陰とともに過ごす時間は孤独な気持ちが和らぎ心地よかった。そうしていると幼い頃の日々が蘇った。それは、祖父母や両親の腕の中でよく眠っていた私である。安心感と安らぎを与えてくれる時間であり、「この時間がずっと続きますように」と心の中で無意識に願っていた。
笑ったときに伝わる振動、暖かな肩越しに見る天井の風景が私の幼い頃の大事な記憶だったことを森は思い出させてくれた。
相手に安心してもらいたい時やその人に寄り添いたいという気持ちで、よく手で背中をさすってあげたり、さすってもらうことはあの頃の安心感が残っているからではないか。手というものは時に「言葉以上の力を持ち合わせ、相手の心の深いところに届けることができる」というのがこの作品の全体のテーマになっている。
日々過ごしている街角にも森の木陰のような存在をふとした瞬間に見つけることができる。それが目に見えなかった大切な存在やあの頃の幼かった頃の感覚を思い出すきっかけになるように私も探し続けたい。そしてこの作品を観ていただいた方々にも自身のそれぞれの手がかりになりますように。
02.
PROFILE
監督 井澤 里映
2005年 和歌山県出身
東京造形大学 写真専攻領域在学
「目に見えているものだけが全てではない」ということを探究しながら、写真を制作している。
井澤岳丸とIZAWA Bros FILM 兄妹ユニットを結成。映像を制作している。
2024年
・IZAWA Bros FILM結成。
・『そよいだ』IZAWA Bros FILM映像作品『梵そよぎと未来のクリエイター』プロジェクト企画に出品
・『踊るように走ったのはいつだったのだろう』映像・課題作品
2025年
・『うんうん、石碑は触ったり、冷たいと思ったりするものですよ。』
IZWA Bros FILM映像作品
03.
Review
批評
井澤岳丸
井澤岳丸
東京藝術大学 先端芸術表現科
IZWA Bros FILM
彼女がカメラに託す世界には、いつも寂しさと優しさが同居している。
声にならない声。温かい胸に抱かれてすやすやと眠っていた子供時代。服に残る太陽のほのかな香り。街の雑踏の中で重なる影──。
それらは目には見えないが、確かに「誰かの存在」を感じさせる「気配」だ。
そして彼女は、その気配にレンズを向け続けてきた写真作家である。
今回は、そんな彼女の映像作家としての歩みに焦点を当てたい。
たとえば『踊るように走ったのはいつだったのだろうか』(2024)には前述の寂しさや優しさに加えて、強烈な「力強さ」があった。
それは別々の運動を持つ映像を多重露光のように重ねてリズムを作ったり、流れてゆく背景に走る人物を微妙にテンポをずらして合成したりといった技術的工夫によるものでもあり、
まるで子供がクレヨンや粘土、レゴブロックなどの新しい道具を手にしたときのような初期衝動に満ちた遊び心が画面全体に満ちていた。
その衝動は技法の模倣や引用ではなく、「映像」を本来的な「動くイメージ」として扱おうとする、純粋なワクワクと実験精神に支えられていたのだろう。
無論、今日において映像技法の多くはすでに先人たちによって開拓され尽くしている。
しかし彼女の映像には、カメラ・オブスキュラ、幻燈、リュミエール兄弟が映画を発明したときのような──物語以前の、映像そのものが持つ「動きの喜び」が宿っている。
その「喜び」を観客である私たちにも、まざまざと思い出させてくれたのだ。
そして最新作『沈黙の言葉』においては、この「映像遊び性」と新たに「物語る力」が、奇跡的なまでに絶妙な均衡を保っている。
セリフも演技もない。しかし、影の揺らめきや、葉の隙間を歩いていく小さな虫の動き一つ一つに、言葉では語り尽くせない物語が息づいている。
森は、いつも私たちに語りかけてくれる。言葉以上の示唆に富んだ、沈黙の言葉で。
この作品は、人と森を巡り、繋げる映画であると同時に、映画そのものが森であると言えるかもしれない。
初期衝動的で荒削りな時期から成熟へと向かいながら、なおその根源的なまなざしを失わない──
そんな「井澤里映」という一人の作家の映像史の変遷を、まさに今、私たちは目撃しているのかもしれない。
そしてそれは、この時代に生きる私たちにとって、ひとつの幸運なのだと思う。