森を巡る映画祭
出演
合田 琉花
藤巻 志保
撮影協力
渡邉 英蓮
池田 奈都季
撮影・編集
藤巻 志保
撮影地
Fululu古民家山岸邸-飯能の家
大学内の森(八王子市宇津貫町)
まだ薄暗い早朝、祖父母の家で目を覚ました「私」は、静かな廊下を歩きトイレへと向かう。ふと奥の部屋に目をやると、蚊帳の中で姉が赤ん坊に乳をあげている。
その光景はどこか現実離れしており、姉はまるで知らない他人のように見える。「母になった姉」という存在に、 私は微かな違和感と神秘性を抱く。
その瞬間、森の中へと迷い込む。内と外の境界が溶け出すように、家の中の空間は夢と記憶の領域へと入り込む。森の中では、プロジェクターの映像が静かに都市の記憶を照らす。風の音、床の軋む音などが現実と夢のあわいをたゆたうように響く。
作品内容(解説)
この作品は、「家族」「家」「生命」というテーマを、“境界”という視点から探る短編映像である。出発点は、ある朝、もし姉が母となっていたらという想像から始まった。薄暗い廊下、蚊帳の中で赤ん坊に乳をあげる姉。その姿を目にした「私」は、日常に紛れたどこか夢のような空気と、家族の更新という実感に触れる。
それは実際に起きた出来事ではなく、観察と想像から生まれた映像的イメージである。映像では、祖父母の家という私的な空間の中に、夢と記憶が交錯する象徴的な「森」が侵入してくる。大学の森は「子宮」「母胎」「死者の記憶」などを内包する場として機能し、家から森への移行は、私の内面の変化や、現実と夢の境界のゆらぎを示している。 蚊帳という装置は、内と外、私と他者、現実と非現実の間に漂う「あわい」を象徴する存在である。
微細な日常の身体的行為を通して、「生命」というテーマが静かに浮かび上がる。 この作品では、家族を「既にある関係」ではなく、変化し、構築され続けるものとして描いている。
母となる姉の姿を想像的に目撃することによって、私は家族の輪郭を新たに捉えなおし 、現実と夢、生と死、家と森、自己と他者の境界線が、静かに滲んでいく。この作品における「森」は、家族の変化や母になることへの想像を通して立ち上がる、個人の深層心理とつながる象徴的空間である。夢と現実の境界に立ち上がり、家の中に潜む感情や記憶を視覚化する場所として用いられている。
02.
PROFILE
監督 藤巻 志保
2005年生まれ。東京都出身。 東京造形大学・写真専攻。
写真や映像、印刷物などを使い、「見ること」と「感じること」のあわいをテーマに制作し ている。
Instagram @tikaramotidesu
03.
Comment
コメント
出演者 合田 琉花
もちろん私は母親ではないし、赤ちゃんをあやした経験もありません。だから撮影中、自分が「母親のように振る舞う」ことにどこか嘘っぽさや違和感を感じていました。でもその違和感は不快というよりも、むしろ「こう見えること」「そう振る舞っている自分」を静かに 観察するような感覚でした。“母になる”ことは、決して突然すべてが切り替わることじゃなく、曖昧で、流動的で、ときに他人事のように感じられるものなのかもしれない。そんなこ とを、蚊帳の中でじっとしている間に、ぼんやりと思っていました。