音楽を巡る映画祭
私にとっての音楽。
それは飼っていた鳥の鳴き声である。
高校1年生の春、飼っていた1匹の鳥が亡くなった。
その日の昼、私の母は布団で顔を埋めていた。リビングには、放置された食器。
生ぬるい空気が部屋の中をゆっくりと満たしていく。じわじわと迫る現実。
そこに響き渡るのはいつもと変わらない鳥の鳴き声だった。仲間が死んだにも関わらず、彼らは鳴き続ける。
ときにそれは、悲しみにくれる私たちにとっては残酷なものであり、今でも頭にこびりついている。
人は身勝手な生き物だ。
ものごとを自らが受け取りたいように受け取っている。
例えば音楽を聴く時、
自分の感情次第で、自分に寄り添ってくれているように感じるときもあれば、突き放されているように感じるときもある。
それは何も変わらないのに
突き放されていると感じた私は、勝手に、鳥たちが寄り添ってくれていると思い込んだのだ。そうせざるを得なかったのだ。もうあの子はこの世にはいない悲しみを忘れるために。あの子がいないのを認めたくない。
この作品は自分の気持ちを納得させるために製作したものである。
監督 撮影 編集
松永薫
出演
吉川侑那
アニメーション
吉村みる
協力
仮谷玲奈
櫻井薫
望月朱里
01.
TRAILER
02.
PROFILE
松永 薫
2002年生まれ 福岡県出身
東京造形大学メディアデザイン専攻領域在学中
最近はタイポグラフィを中心に制作に取り組んでいる。
小さい頃から鳥が好きであり、実家ではセキセイインコを7羽飼っている。
自分の人生に鳥はなくてはならない存在である。
2023年7月24日から26日、細谷誠ゼミナール展(東京造形大学 ZOKEIギャラリー)を開催予定。
03.
WORKS
Drowse
ぼんやりとした微睡を表現しました。
偏に風の前の塵に同じ
万物は変化し続けるものだということを、流れるような文字で表しました。
卯
卯という文字から連想させる柔らかさや丸みを強調させました。
04.
Dialogue
対談
尾川心月 九州大学文学部人文学科
×
監督 松永 薫
松永: 音楽と巡る映画祭っていうテーマで、この映像作ったけど鳥メインになっちゃったなって思った。自分にとっての音楽は鳥って決めてるから、いいのかなって思うけど難しい。この作品解説に書いてるけど、自分の感情次第で自分に寄り添ってくれるというように感じるときもあれば、突き放されているように感じるときもあるっていう。何もないとき、自分の感情が何でもない平坦のときは、その鳥の声が何ともなく聞こえるんだけど、1回大きな物事が起こったときに、何か周りのことが音楽がうざったらしく聞こえたりとか。
尾川: 鳥のさ、声がノイズかかっとったけど、最後の方かかってなかったやん。かかってなかったときは何か、寄り添ってくれとるように聞こえたんかなって思ってんけど、捉え方の変化がどこであったのかがわかんなくてずっと考えてた。なんか納得させるためにって書いてあったけど、理解するのが難しかった。最初こういうことねってなったんやけど、考えだしたらわからんくなった。
松永: 亡くなったっていう事実を、自分の中だけにとどめてたのね。自分の中だけにとどめて、友達の会話とかでぽろっと言ったときとかに、悲しくて涙が出ちゃうとかそういうのがあったんだけど、そういうつらいことって時間が解決するって言うし、結局慣れじゃん。だから、こうやって映像にすることで、自分がその事実と向き合おうとしたの。
尾川: そういうこと。なんかそれがわからんかったわ。
松永: 尾川さんはどう思ったの。
尾川: 何かきっかけがあって自分の中で白い子のことを消化できたんやろうなってのはわかったんやけど、そのきっかけの描写がちょっとわからなかった。黒い服の時がその子が死んじゃった後の話やけどさ、外に出たことが振り切れたことの表現なんかなって思った。
松永: 音楽と巡る映画祭っていうテーマなんだけど、そのテーマの中で私は音楽を鳥に見立てて作ったのね。これまでは、自分が能動的に音楽を聞いてるんだけど、最後のとこだけは、自分から音楽を自発的に聞きにいってる。だから多分その考えは一緒だわ。ちょっと至らない部分はありますけど、映像に。
尾川: 外に出たことが解消したサインやと思ったからさ。出ること自体がそれを消化する手段なのも思い当たらんかったし、自発的に手を出したっていう、その前段階で消化したと思ってしまったけん、そっちに目がいかんくてどこで納得したんやろこの人はって思いよった。
松永: それは私の表現不足です。
尾川: 友達とかに見せたんよ。結構いろんな見方があって、友達が言ってたのは白い子が亡くなっちゃったシーンが回想なんじゃないかとか、時間軸が入れ替わったんじゃないかとか。結構いろんな見方があるなと思ったし、薫が想定しとったであろう見方じゃない方ばっかり結構出てきとったりしていろんな見方があるかも知れない。時系列が入れ替わったんじゃないみたいな説が出たときに、どこまでが本当に生きとったときの白で、どこからが頭から離れない白ちゃんなんかなっていうのが論点になった。
松永: 私もその見方があるなって思った。
尾川: 生きてるときが本物の鳥だったら明確にわかるのかも。
松永: 尾川さんがさ、小五くらいの頃にインコ飼い始めたじゃん。それで私もその時インコ飼いたいなって思っちゃって。親に頼んだのがきっかけなんだよね。それで人生の転機って言ったらあれだけど、ちょっと変わったというか、親も鳥を通じた友達も増えたし。
尾川: 高校三年のとき、飼っとった鳥のうち1羽がちょっと不注意で逃げちゃったんよ。まさか私が高校に普通に登校して帰ってくるまでの間、逃げとるなんて思わんからさ。それこそすごい頭から離れなくて、ずっと。毎朝探したりとかしよったんやけど、そのとき、私も高校の友達にいっぱい話聞いてもらって。どっかで生きとるやろっていう楽観的な見方をするようになったわけじゃないけど、消化できた部分があったけん。慣れっていうのわかるわーって思った。ずっと離れないよなって。
松永: 私もこの作品のモチーフにした鳥が、私が家にいない間に亡くなっちゃったのね。高校の帰りで、バスに乗ってたときに親から連絡が来たのね。だから現場を見てなくて。私も、本当は嘘なんじゃないかとかさ、そういう現実逃避みたいな気持ちがあった気がする。
尾川: 確かに立ち会えるか立ち会えないかもでかいかもしれない。
松永: そうだよね。
尾川: 1匹また亡くなっちゃった子がいて、その子ずっとおれたんよ。3、4羽ぐらい見送ってきたけど、最後の1日ずっと一緒におれたりとか、亡くなる瞬間も一緒におれたりとかした子はちゃんとありがとうって気持ちで未練みたいなのが残らなかった。立ち会えなかったっていうのがやっぱでかいかもしれん。
松永: けど、別の子がもう1匹亡くなっちゃったときは、私寝てて、親に言われて起きてさ。動かない姿を見たの。その後葬儀場みたいなとこ行って、お経読む部屋みたいなところがあったんだけど、行けなかったんだよね。そこに行くと本当にいなくなったみたいな。そういう区切りがつく気がして。ずっと、葬式場の外で待ってたっていう記憶がある。
尾川: なんか向き合えなかったよね。