お風呂場、わたしの歌
監督 穂苅真澄

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音楽を巡る映画祭

彼女はいつも、手をしわしわにしながら歌を歌います。そして考えます、ここにはなにがあるのか。ここには歌があります。かぴかぴな体をふやかしながら歌う歌。それってどんな歌だっけ。

モノローグはずるです。なんでもかんでも素直で素敵に伝えられます。私はそうしてまで伝えたいことを詰め込みました。素直で素敵に伝えたい、恥ずかしくないくらいにかわいく包んで伝えたい。モノローグは私にはそういうことができるものです。だからこの作品は、かわいく梱包された私の気持ちです。きっと誰にも秘密なことがここでは起きているけれど、ここで過ごすときの私は、誰かを見つめてきた私で、その誰かとのなにかをここで1人で抱きしめています。その常に1人で抱きしめるのが当たり前の気持ちを、モノローグに練り込みました。

この作品は完全に私でした。声も、肉体も、全部私でした。このままでは、私のなにかが世界にバレバレで、私にもバレバレで、それ、とても気持ちが悪かったです。でもそうか、どうせ晒しているのなら、こういうのもいいんじゃないか。楽しいんじゃないか。こうやって私を使いまくる喜び。これからはもっと、私の肉体をすみずみまで活用しようと決意しました。

01.


TRAILER

02.


PROFILE

穂苅真澄

2002年 埼玉県川越市生まれ
埼玉県立芸術総合高等学校 映像芸術科2021年卒業
東京造形大学 映画映像専攻在学
 
町と人、人の仕草を丁寧に映す作品を目標に、映像作品を制作している。


映画監督作品
『お風呂のちアイス』(2020)
『クールに焦がれて、』(2020)
『火曜日ブルー』(2022)TVF2023 入賞
『おじいちゃんとわたし』(2022)
『あの子のところ』(2023)


映画出演作品

『蠢』監督:毛利奈由(2022)
『すこし居て』監督:遠藤有紗(2023)
『 hug & release 』監督:新川華奈(2023)

03.


REVIEW

喜屋武英莉

 取り留めのない日常を、ここに、物に、場所に、縫い付けていたのは音楽かもしれない。そんなことを考えさせられる作品だ。
 
 父に頼まれお風呂掃除を始めた彼女は、ある音楽をきっかけに次々と記憶を引き摺り出されていく。それは彼女がふやけながら口遊んだ歌かもしれないし、シャンプーが水と空気と混ざり合っていく音やシャワーがタイルを打つ音かもしれない。或いは、それら全てが絡み合って出来上がった音楽かもしれない。その音楽が、GATSBYの洗顔料に父のツルツルの内腿とお父さんスイッチを「記憶」として縫い付けていた。それに彼女は気付き、思い出していく。ボディタオルも、洗顔ネットも、彼女は気付き思い出していく。水が滴るだけの些細な音楽でも、彼女は気付き、記憶を引き摺り出されてしまうのだろう。そうして彼女の思考は回り続け、飛躍していく。断片的で支離滅裂な記憶たちが、まるで夢のように、違和感なく繋がっていく。お風呂掃除をしている最中にも、数多の音が音楽となりどこかに記憶を縫い付けている。きっと今夜もお風呂場では、彼女が口遊む誰かと同じ歌が、いろんな物と絡み合い「わたしの歌」になっているんだろう。

 


喜屋武英莉(20)
東京造形大学 映画・映像専攻在学
 

04.


REVIEW

越後 静月

渇きを感じる。
日の暑さよりも、お風呂場では。
自分というものは何なのか、果たしてこれは私のものなのか、誰かのものなのか、ましてや誰のものでもないのか。
そんな不安定なところに私達は立っている。
 
お風呂場では、主人公でも、風呂場を出たら主人公でもなんでもない。っていう価値観の人もいて、生まれたからには全てが私のバックグラウンドミュージックなのよ、という価値観の人もいる。
そういう中に渦巻く不安定と、苦しさと目まぐるしさの中にいる自分を抱き締めてあげたい。
 
ときめきを感じた。
 
人が自分の肌に触れた時、初めて朝顔が咲いた時、湯船で転んで溺れかけた時、私の知らない世界を知った時。
そんな日々の少しだけ、トンっと音が鳴るような切なくて匂うあの感覚に似てる。
温度を確かめたいよりも、先の存在を確かめたい、あれに。
 
 


越後 静月(22)
エー•チーム所属
新国立劇場 演劇研修所 2023年修了

05.


REVIEW

宮永 咲弥花

お風呂場は、彼女にとって、自分の存在をじっと見つめられる特別な空間なのかもしれない。激しい日々の中では小さく隠れてしまう感情も、お風呂場ではよく聞こえてくる。日々乾いた風に当たり霞んでしまう視界が、お風呂場だとじんわり整い、澄んだりする。自分はどんな人に囲まれ、出会い、影響を受けてきたのか。あの人が好きな音楽を好きになる自分は、何者なのか。お風呂場で、彼女の問いと気づきがこだましている。
 
ただ、私自身は声が響くのが恥ずかしくてお風呂場であまり歌を歌わない。家族と一緒にお風呂に入るのも好きではなかったから、未だに母親と入るなんて、少し引いちゃう。人の家族の形に戸惑い、少し羨ましい。私が歌を歌う場所は、お風呂場ではないかもしれないなあ。なんて、思わせてしまう映画。観た人が、同じくらいの歳の頃自分はこうだったああだったと比べて、それを言わずにはいられなくなってしまう映画というのは、作者が、できるだけ自分を正直に見つめ続けることを諦めなかった映画だ。自分自身の境遇を露出させることに成功した、繊細で生涯今しか切り撮れなかった映画こそ、大切な彼女の歌だ。彼女だけの歌だ。



宮永 咲弥花(20)
 
埼玉県立芸術総合高等学校 映像芸術科 2021年卒業
京都芸術大学 通信教育部 美術学科 洋画コース 2023年休学中

06.


REVIEW

毛利奈由

楽しげだねますくん、わちゃわちゃしちゃったよ。パカパカしたそれらがそこにいるのは愛おしかった、今度一緒に踊らせてね。
 
ピカピカの十字路の中で呟いていたそのことは、ずっと私に跳ね返ってきた。
 ね、何者なんだろうね、ぐっと見つめていた瞳と一緒に。
 
そうだ、あなたも知っていると思うけど、わたしは大声で歌ってみんなに騒がれているんだよ。
そしたら浴槽も覚えているかもね、隅っこに錆びついたピンのかけらが覚えているかもって、あなたが教えてくれたもの!


毛利奈由(20)
 
東京造形大学 映画映像専攻在学
生命体として酸素を吸っている。
詩、絵、映像、立体を制作中。