森を巡る映画祭
出演
藤田 心菜
原井 和
助監督・録音
居塚 汐音
飯田 舞
鈴木 将悟
協力
一色 咲良
伊藤 奈津
監督・脚本・撮影・編集
由良 千咲
もらったものをあの時すべて受け止めきることができたのか
今、何が好きで何が嫌いなのか
何に喜んで何に苦しんでいるのか
私のことを覚えているのかすら
わからないけど
おはようとかありがとうとか
そんな言葉でしかもらったものを返せなかったけど
もう記憶の中でしか会えないし話せないけど
あの時、あなたに対する私のまなざしのすべてをあなたの背中に託しておいたから
あなたの目を見て、会ってるし話してるから
私はまだ歩いている
今回、もう会わないし、話さないであろうふたり、というのを撮った。もう会えないし話せない人というのは「支え続けてもらっている」という点において、私の中の森と類似していると思った。ふたりが一緒に歩き続けるのは、共にいないとしても、精神的な距離は変わらず、共に生きる時間は分断されずに続いていくと思っているからである。
もう二度と関わることはないかもしれないと思う人は、生きていたら大量に生み出されていくと思う。毎日顔を合わせたクラスメイト、近所に住む幼なじみ、卒業後疎遠になった友だち等、その人と自分との時間はあったはずなのに、今はもう一緒にいない。だとしても、共にいた時間は離れても途切れることはないし、共にいたという事実が自分を形成していく支えになっていると思っている。
話は変わるが、大学に入学してすぐ、16mmフィルムで1分間、場所と人を撮った。カメラで、自分の目で、ただ1分間、世界を見つめる時間があった。駐車場の後ろに生え茂っている森の木々が揺れ、車が通り、モンシロチョウが飛ぶ。駐車場には立入禁止の看板が立てられている。残り15秒くらいで人がやって来る。立入禁止の看板へ向かって彼は足を進めていく。そんな映像を撮った。
この1分間を撮った後、世界の見え方が変わった。何よりも、木々がただ揺れるだけでこんなにも心が動かされるのか、と思った。風が吹いて木々が揺れる、というのは日常のなかで極めて普遍的なことだが、カメラを回している時にそのことが起こるかどうかは完全に運だ。だが、撮っている間、何かの奇跡が起こり、良いタイミングで木々が揺れ始め、映像が動いていった。自分の考えを飛び越え、自分の手から映像が離れ、自動的に世界が動いていってくれた。今まで生きてきたなかで最も嬉しい出来事だった。
ただ木々が揺れる瞬間の映像を撮った、というこの出来事に今も支え続けてもらっていることに、今回「森」を撮ってみて気がついた。日常のなかで木々が揺れたのを見ると、大切な何かが呼び起こされるような感覚を度々抱くことがあった。その正体は、自分は何かに支えてもらっているという自覚だった。
私がいつも何かを見落としながら生きているという自覚があるからかもしれないが、特に他者から貰う優しさや愛などにすべて気がつくことができているだろうかと自問することが多い。他者から貰うものにできるだけ気がつこうと努めること、そして他者にまた返していくことが他者と共に生きていく意味のひとつだと考えている。生きている以上、何かに支え続けてもらっているから自分がある、という感覚は無くしてはいけないと思っている。
02.
PROFILE
由良 千咲
2001年 兵庫県明石市生まれ
東京造形大学 映画・映像専攻領域 在籍
http://www.instagram.com/1512.161
主に劇映画、写真を制作。
他者とは徹底的に分かり合えないながらも誰かと共にいること、物理的・精神的な距離が変化していく時の他者との関係性について撮っている。
監督作品
2022
『deny』(1min) 16mmフィルム
『眺め』(3min) 自画像課題
『kid』(3min) ダンスフィルム
『クロール』(1min) ダンスフィルム
『灯す』(12min) ドキュメンタリー
『non title』(3min) ダンスフィルム
2023
『talk』(35min) 劇映画 グループ展『映画・映像専攻領域有志展』上映
『呼吸を続けて』(22min) 劇映画
2024
『はじまり』(34min) 劇映画