首相と州知事がタスマニア新規森林保護地共同発表
―保護派にとって歓喜と悲嘆の明暗、分かれる―


文責:原田(haradaa@azabu-u.ac.jp)
大きなターニングポイント

昨年10月の総選挙直前、連邦政府のハワード首相はタスマニア州の17万ヘクタール規模の森林保護を公約した。これは当時、連邦労働党首レイサムが8億ドルの支出をともなう24万ヘクタールの州オールドグロス林保護策を公約したことに対する「集票対策」と受け取られていた。それから10ヵ月後の2005年5月13日、ハワード首相はタスマニア州レノン知事とともに、これまで開発と保護をめぐる対立の歴史的な舞台となってきたスティクス渓谷に姿をあらわした。連邦政府と州政府の合意内容の発表である。この日、シャンパンの栓を開け祝杯をあげた保護グループがいた一方で、この合意をシャンパンならぬ、「毒薬」と称し、悲しみにくれ失望を深くした活動家や政治家もいた。この日がこれからのタスマニア森林保護運動史にとって、大きなターニングポイントとなることは間違いないだろう。

合意の概要は以下のとおり。
1) 州有地の148,000ヘクタール(州の森林の45%)が新規保護地に加えられる。(これには120,000ヘクタールのオールドグロス林がふくまれているといわれている)
2) 州北西部ターカインの雨林地帯のおよそ5万ヘクタール(87%)は保護される。
3) スティックス渓谷の一部(53%)は保護される。
4) ブルーティアーズ、イースタンティアーズ、州北東部高原地帯などの一部は保護される。
5) 南部のヒューオン渓谷、ウェルド渓谷の原生林地帯はこの合意からは除外。
6) オールドグロス林の皆伐(clearfelling)は2010年までに60%、段階的に減少される。
7) 州有地で植林時に散布される毒薬「1080」は段階的に禁止される。
8) 「択伐」の導入、植林地の増設のために、これまでの林業関係の雇用は確保される。
9) 州の木材産業の再編(新加工技術の導入、新植林地など)のために2億5千万ドルが投資される。
 

スティックス渓谷のオールドグロス林を背景にハワード首相は、「これは木材業界にとって、業界の就労者にとって、産業への投資家にとって、タスマニアの州民にとって、そしてオーストラリア国民にとって、まさに歴史的な瞬間です」と、みずからの森林政策を自賛した。なるほど、業界、労働組合の反応はおおむね好意的である。しかし、これまで保護運動を展開してきた活動家、保護グループにとっては残酷なほどはっきり明暗が分かれる結果となった。総じて、木材チップ産業からの抜本的な脱却をしめすものからはほど遠いし、オールドグロス林の開発をめぐる対立の歴史に終止符をうつものでもない。業界の権益保護がはかられている一方で、チップ産業の代替策と考えられる、ツーリズムや国立公園運営にかかわる予算計画をなんらふくんでいないからである。

皆伐についていえば、60%減少は、州政府のいわゆる「択伐」(selective harvesting)が増えることを意味する。さらに、地形が急峻な場所では皆伐が「唯一安全な伐採方法」(レオン知事)という理由から継続される。これに対して上院議員のブラウン氏は、皆伐の全面禁止の期限となっている2010年以降も許可されるのでは、と懸念をしめし、「この森林対策もタスマニアの森林のオールドグロス林伐採をとめるものではない」と述べている。また、州政府によってすでにその禁止が発表されていた毒薬「1080」散布にしても、今回の発表では私有地に対してこれを許可している。

オーストラリア緑の党の代表、連邦議会上院議員のボブ・ブラウンは今回の発表に失望した者のひとりである。「スティックス渓谷の18,007ヘクタールの保護を(首相は)公約していたが、それが4,700ヘクタールにまで減らされている。これは選挙戦で述べていた四分の一にも満たない」。たしかにターカインは国立公園化へのはずみがつくかもしれないが、合意に言及されていない南部ヒューオン渓谷、ウェルド渓谷の森林にとっては、既定の開発計画のお墨付きを与えられたのも同然だ。州有地148,000ヘクタールの保護といっても国立公園クラスの保護を約束しているわけではないし、またこのなかには、伐採が事実上適さない森林分断地帯がかなりあり、この意味で本当に保護されるのはわずか、58,000ヘクタールに過ぎない、という見方も出されている。地域住民の苦悩はつづき、保護派の闘いもやむことがない。

詳しい情報はつぎのサイトへ:

The Wilderness Society
http://www.wilderness.org.au/campaigns/forests/tas_forest_plan/

Official Site of Senator Bob Brown
http://www.bobbrown.org.au/300_campaigns_sub.php?deptItemID=7