悲喜劇を巡る映画祭
「不可視」
木村創太
作品解説
本作品はボケた映像と鮮明な映像を繋ぎ合わせただけの作品に見えるだろう。実際その通りなのだが、ボケてる映像、鮮明な映像の一見対極にある二つの映像もちろんボケてる映像では何を写しているのかは推測しかできないだろう。それが鮮明な映像に切り替わったときボケた映像で写されていた風景や物が見えてくる。
喫煙所の曇ったガラス越しに聞こえる会話や彫刻の授業の作業音や指示を撮影者である私は聞こえているし、見えている。しかし、会話の流れやどのような指示を受けて作業を行なっていたのか後から来た部外者の私には既につくられた他人の空間に入っては行けない。ボケた映像が鮮明になればさっきまでの声や音、風景が認識できると思っていた、それは私の思い込みなのかもしれない。
プロフィール
木村創太
美術をやる上で表現したい事、発信したい事に具体性がなく、絵画媒体の作品を制作しながら純粋な絵具のキャンバス上でのやりとりと時に自分の生活圏から引き出すモチーフによって自分の求めているものはなんなのかやコンセプトを探求する事を行っている。
木村創太
美術をやる上で表現したい事、発信したい事に具体性がなく、絵画媒体の作品を制作しながら純粋な絵具のキャンバス上でのやりとりと時に自分の生活圏から引き出すモチーフによって自分の求めているものはなんなのかやコンセプトを探求する事を行っている。