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(自我)と(観察者)を巡る

小窓
XU QINGYUE

 

プロフィール:東京造形大学写真専攻在籍。写真を使って、主に個人の主観的な体験と客観的な外界との接点を見出すこと。 近年は、自分自身の経験と日本との関係性に注目し、変化する文化的背景の中で理想と現実、感情のつながりを探っています。

作品解説
 
この作品は、小さな鏡を使って自分の姿を観察する行為に焦点を当てたものです。ミニサイズの鏡は、多くの女性が自分の顔を常にチェックするために持ち歩くものです。しかし、小さな鏡は顔の一部しか映すことができず、顔全体を映すことは難しいです。個人的には、自分の外見にコンプレックスを持ちながら育ったので、鏡の前で常に自分の顔や体を間近で見ています。私の場合、大きな鏡の前に立っても、実はなかなか客観的に自分の全体像を見ることができず、いつも主観的にいろいろと不満な点が気になるのです。特に女性は、鏡を見るという行為に主観性があるのではないでしょうか。常に鏡を見て、常に自分を観察する側でありながら、本当に自分を全体的に、客観的に見ることはそう簡単なことではないと思っています。

批評

 
LI MEIYING
東京造形大学写真専攻三年 
 
自分自身を完全に客観視することはできないというのは、その通りだと思います。鏡に映るのは自分の主観ではなく、社会のルールなのかもしれません。例えば、鏡を見て「目が小さい」「顔が大きい」と感じ、自分に満足できないとき、その理由は「社会の美意識に自分が合っていない」と感じるからです。しかし、このいわゆる社会の美意識は誰が決めているのでしょう。人は生まれたときからさまざまな知識や信条を教えられ、何が正しくて何が正しくないか、何をすべきで何をすべきでないか、他人から教えてもらう、そんな規則に縛られています。そういう社会の美意識とか、フェミニズムとか、資本主義とか、社会主義とか、そういう社会のもとで生きている私たちは、みんなとらわれ者なんじゃないでしょうか。この進歩的な社会では、自分の考えがどんどん狭くなり、ある分野で信じたいことだけを信じるようになることがあると認めざるを得ないです。この小さな鏡を通して見るように、見えているものは部分的で範囲が狭く、世界の全体像も、自分の全体像すらも見えないのが現実なのです。