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『日常』

 

製作意図

今年の冬、電車に乗っている時にふと「自分はなんでマスクをしているのだろう」と疑問に感じた。マスクを着用することが生活の一部となり、なんら違和感を感じていなかったが、この時初めて着用に疑問を感じ、そうした疑問を持った自分に驚いたのを覚えている。この驚きとほぼ同時に頭の中では走馬灯のようにコロナ以前の生活の記憶が駆け巡り、最終的には戻れるのだろうかという漠然とした不安に変わった。
春になり、大学が始まって映画祭プロジェクトの授業で作品を作ることになった際にこの出来事を思い出し、友人や家族もふとしたタイミングでコロナによって変化したことについて考えてしまうことがあるのではと考え、そうした意見を集めて作品を作ろうと考えた。そこで口頭もしくはLINEで友人、家族に共通する質問を行なった。質問内容は「コロナ禍になって2019年などコロナ禍以前とは大きく生活が変わったと思いますが、1人でいる時にふと考えてしまうようなコロナ禍とコロナ禍以前の変化を教えてください」というものだ。できるだけ自分と同じ環境にするために1人でいる時にふと考えてしまうようなという文言を入れた。多くの人の協力で様々な意見が集まったが、そうした意見の中で自分の生活に当てはめて考えられるものを選び、1日という時間軸の中にそれらの要素を入れて自分が主人公として表現した。

主人公の行動

シーン1〉朝起きて検温をする
シーン2〉菓子パンを持ってパソコンの前に着き、ヘッドホンをしてパンを食べながらオンライン授業をする
シーン3〉昼になりリビングに行って冷凍パスタを電子レンジで温めて食べる、缶ジュースを飲む
シーン 4 歯を磨き、髭を剃り、顔にローションを塗る
シーン 5 服を着る、髪を整える
シーン 6 家を出る前にマスクを箱から出して着用し、玄関にあるアルコール消毒液を持っていく、玄関ドアを開ける
 
 

 

参考にした意見とそれらをどう受け止めて要素として取り入れたか

 
シーン1

コロナ禍になってよく熱を測るようになった。学校やバイトに行くために毎日の検温を求められる他、頭痛など少しでも体調が悪いと不安になってすぐ熱を測るようになったという意見を元に朝起きて検温するというシーンを入れた。
自分自身、学校でもバイトでも検温して体温を表に記入することが求められているため朝起きて行う検温が日課になっており、マスクと同じように当たり前になっている要素の一つだ。気づけば町中に検温機があり、あらゆるところで熱を監視しているので少しでも体温が高いと下手に行動できない。コロナ禍以前であれば多少熱が高くても学校に行ったりしていたが、今はコロナウィルス感染が疑われるので健康管理にはシビアになった。そんな健康チェックのための検温行為を1日の始まりに入れた。
 
シーン2

菓子パンを食べながらオンライン授業のシーンはコロナになって生活が怠惰になったという意見とオンライン授業や外出する用事が減ったことからスマホ、テレビなどを含め画面を見ている時間が増えたという意見をもとに、パジャマ姿で菓子パンを食べながらオンライン授業を行うだらしない生活とスマホやパソコンを見ている画面をよく見るようになった生活の要素を作品に入れた。
実際のところ私もコロナ禍になって生活が怠惰になったと実感しており、授業開始時間ギリギリに起きてオンライン授業を行うことがあったり、菓子パンなどを食べながら録画授業を受けるようなことがあったりする。私は大学一年に上がるタイミングでコロナ禍を迎えた年代なのだが、通常の大学生活を知らないのでここまで怠けた生活に慣れてしまっていてコロナ禍が終わり普通の大学生活が始まった際に大丈夫だろうかと心配な気持ちがある。そういったわけで現状の怠惰な生活を表現すべく、パジャマ姿で菓子パン片手に授業を受けるシーンを入れた。もう一つの画面をよく見るようになったという内容に関してだが、オンライン授業はもちろんのことコロナ禍で外出する用事がなくなったのでずっとスマホでYouTubeを見ている時間があったり、一限の授業もオンラインなので朝早く起きる必要がなく夜遅くまでゲームをするなど画面を見る時間がかなり増えたことは自分でも実感している。そんな画面を見る行為で今までになかったものとしてパソコンで受けるオンライン授業というのが自分の中ではかなり大きな要素だったので作品の中に取り入れた。
 
シーン3

栄養に偏りのある冷凍パスタを食べるシーンを入れることでコロナ禍で怠惰になった生活の一例である食生活の乱れを表現し、缶ジュースを飲むシーンはコロナ禍になって缶の飲み物の飲み口は衛生的に大丈夫なのかという問題に気づいた友人の意見を参考に入れた。
コロナ禍になって本来であれば学食で済ましていたはずの食事を自宅でとることになり自炊ができない自分はよく冷凍パスタやカップ麺のお世話になっているので食生活の乱れを意見として出された際、真っ先に普段食べている冷凍パスタが浮かんだ。缶ジュースはコロナ禍で気にする様になった衛生面の問題の一つであると考えていて電車の吊革、ドアノブなども同じ分類に入ると思う。これらはコロナ前から問題自体はあったもののコロナによって多くの人が気にするようになったのでその意味ではコロナは衛生面の意識を高めてくれたのでよかったと思っている。そんなコロナ前と後で意識が変わったアイテムとしてシーンに取り入れた。
 
シーン4

歯を磨き、髭を剃り、クリームを塗るシーンはコロナ禍になってマスクを着用することがスタンダードになり、私かわいいというモチベーションアップの要素になっていたメイク、特にリップがマスクをすることで他の人に見られる機会が少なくなってしまって残念という女子の意見を元にそれを男子で表現する要素は髭だと考え、歯磨きをした後に念入りに髭を剃り、ローションを塗るというマスクをしていて見えない部分のケアの要素を入れた。
正直、マスクをする事がスタンダードになったことで外出する用事があるのにヒゲは伸びっぱなしということがよく起こるようになった。コロナ禍以前は毎日少しだけ生える髭すらカッコ悪い、不潔に見えると気にして毎日剃っていたのに、他人に見られなくなるとこうも変わるのかと実感した。ローションを塗るのも肌荒れは不潔だし、カッコ悪く見られたくないという意味で塗っていた。そうして考えてみると、女性のメイク、リップも男性の髭剃り、クリーム塗りも自分を良く見せることでモチベーションに繋がるという点では共通している事だとわかり、女性のメイク、リップに代わる要素として入れることにした。
歯磨きのシーンを入れた理由は自分のとある不安が関係している。コロナ禍以前ではマスクなしが基本だったので口臭をとても気にしており、特に朝の歯磨きは念入りに行っていた。コロナ禍になったからといって歯を磨かなくなったわけではないが、マスクのおかげで気にしなくていい要素になったので人と気楽に話せるようになった。今回の意見を受けてマスクが及ぼした影響のことを考えていた際にふと、コロナ禍以前の念入りに歯磨きをしていた頃を思い出したので要素として入れる事にした。
 
シーン5

服を着る、髪を整えるシーンは〈シーン4の意見を受け、逆に見られるところをよく見せようと意識するようになったと考えて入れた。コロナ禍になり、マスクを着ける事で顔のほとんどが隠れてしまうため、髭剃りや顔に塗るクリームなどは意味を成さなくなってしまった。それに対して髪型や服装といった要素はコロナ禍でも変わらずファッションポイントとして注目され、より関心がいくようになったとも言える。私も髪型を毎回ワックスで整えてから学校に行くなどより服装、髪型を意識するようになった。そうした変化を踏まえて、服を着て髪を整えるシーンを入れた。
 
シーン6

箱からマスクを取り出して着用するシーンだが、家のマスク備蓄量が増えたという意見やマスクを着用するようになったことが変わった出来事と挙げる方が多かったのでマスクのシーンを入れた。自分の家でもマスクの備蓄量はかなり増えたと実感していてコロナ前はせいぜい一箱あるかどうかだったのが現在は三、四箱も備蓄している。そんな自宅の実情の記録という意味も込めて積まれたマスクの箱、着用する場面を入れた。
続いてアルコール消毒液を持っていくシーンだが、マスクと同様コロナ禍になって使う機会が増えたアイテムとして意見が上がり、自分自身も携帯用の物をよく持ち歩いているのでそれを持っていく動作をシーンとして入れた。〈シーン3の話にも繋がるが、コロナ禍になり吊革やドアノブなど不特定多数が触ったものに触れた場合は衛生面が心配なのですぐアルコール消毒するようになった。あとは食事をする時にも手を洗う場所やタイミングが無い時にはすぐに除菌できて重宝している。そんな相棒とも言えるアルコール消毒液なのでちょうど持っていこうとする場面を入れる事にした。
玄関ドアを開けるシーンは、コロナ禍で友達と遊ぶ機会が減った、外食する機会が減ったなど自由な外出が制限されてしまったという意見が質問した中で大多数を占めていたので、玄関ドアを開けるという行為に外出する際にはマスクをしたり、アルコール消毒液を持ったりなどここまで対策しないといけないコロナ禍の現状という意図と、コロナ禍が終わり、気楽に自由な外出ができるようになってほしいという希望が込められている。
 
 

作品を作ってみての感想

作品を作ってみて、コロナ以前と同じ行動だとしてもその意味合いが大きく変化した事に気づかされた。確かにオンライン授業や外出時のマスク着用など明らかな変化もあったが、日常の中の何気ない行動までコロナの影響があったことは作品を作ってみなければ気づくことはできなかった。この作品で重要なのは一年半前までこれらの生活は日常ではなく、たった一年半で作られた日常を生活しているということだ。今回描いたのは私の生活だが、それでもこれだけ変化があることからコロナウィルスが人々に与えた影響の大きさが分かる作品になったと思う。そうしたコロナによって大きく変化した日常について考えるきっかけとなった自分自身のマスクに対しての疑問、そして日常の生活のさまざまな変化を意見という形で教えて下さった皆さんに感謝したい。

梅本健太郎

高校は映像芸術が学べる学校に進学。そこで様々な映像表現に触れた後、 写真専攻を選択し写真表現を学んだ。 更なる写真表現を学ぶため東京造形大学 造形学部 デザイン学科 写真専攻領域に進学。 現在大学2年生。